ラグランジアンに循環座標が存在する場合,それに対応する運動量は保存する.そしてそれらを用いて一般化座標を消去すると,ラグランジアンの変数を2つ減らすことができる.しかしそのままラグランジアンにそれを代入したものを使って残りの変数についてオイラーラグランジュ方程式を立てても,正しい方程式は与えられない.ここでは保存量が見つかった場合に用いる代わりの量,ラウシアンについて説明する.
循環座標と保存量
ラグランジアンは一般に $q^1, \cdots, q^n, \dot{q}^1, \cdots, \dot{q}^n$ を引数とする $2n$ 変数関数である.ここで $q^n$ がラグランジアンに含まれていないとする($\dot{q}^n$ は存在している).つまりラグランジアンは $2n-1$ 変数関数になっているとする.この時 $q^n$ のことを 循環座標 と言う(「循環」と名付けれているのには深い理由がきちんとある).するとこの項に関するオイラーラグランジュ方程式は以下のようにゼロになる.
$$ \dfrac{d}{dt}\dfrac{\partial L}{\partial \dot{q}^n} = \dfrac{\partial L}{\partial q^n} = 0 $$
したがって $\partial L / \partial \dot{q}^n$ は定数となる.一般にこの項は $q^n$ に対する一般化運動量 $p_n$ と呼ばれる.つまり $q^n$ が循環座標だとその一般化運動量は以下のように保存量である.
$$ p_n(q, \dot{q}) = \alpha_n $$
ここで今回はラグランジアンに $q^n$ が含まれていないことに注意すると,$p_n$ も同様に $q^1, \cdots q^{n-1}, \dot{q}^1, \cdots, \dot{q}^n$ の $2n-1$ 関数であるから,上の式を $\dot{q}^{n}$ について解くことができて
$$ \dot{q}^{n} = \psi(q^1, \cdots, q^{n-1}, \dot{q}^1, \cdots \dot{q}^{n-1}, \alpha_n) $$
のように $\dot{q}^{n}$ は $2n-2$ 変数関数になる.
関数の引き戻し
数学の多様体理論では,関数は多様体上の点を引数にとるため,その関数の値を表現する関数の形(代数的な形)は局所座標表示により異なる.ここで注意したいのは値としては同じだが,関数の形としては違うということである.例として関数 $f$ が電磁場の分布を表すとする.この関数はユークリッド座標だと $f(x, y, z)$ と表示されているが,同じ関数を球座標において $f(r, \theta, \phi)$ と表すのは適切だろうか.これは単純な表記法の問題ではない.
値としては同じなので $f(r, \theta, \phi)$ と書いても良い.
という流儀と
関数としては異なるのだから,$g(r, \theta, \phi)$ と書くべきだ.
という流儀も考えられる.つまり
$$ g(r, \theta, \phi) = f(x = r \sin \theta \cos \phi, y = r \sin \theta \sin \psi, z = r \cos \theta) $$
と定義することも考えられる.多様体理論では「関数の引き戻し」で後者の立場をとる.
ユークリッド座標から球座標への座標変換を $\psi$ として,同じ位置について $f$ を球座標で表示した関数を $\psi^{*}f$ と表記する.これにより「 $f$ と値は同じ関数を $\psi$ で引き戻した座標系で表したものだ」という意図を伝えることができる.
$\alpha^{*}f$ も $\beta^{*}f$ も関数の値としては $f$ と同じあり(多様体上のどれかの点を指している),使用した局所座標系( $\alpha, \beta$ )が異なるために関数の見た目が異なっているだけということである.
引き戻しを使わないと紛らわしい例
たまに「これは偏微分した後にxxxにxxxを代入したものである」 のような記述を見かけることがある.これは引き戻しの記号を使うと数式でその意図を伝えることができる.例えば
$$ f(x, y, z) = x^2 + y^2 + z^2 $$
について $z = 2xy$ を代入することを $f^{*}$ のように上付き文字で表すことにする.
$$ f^{*}(x, y) = x^2 + y^2 + 4x^2 y^2 $$
このとき以下の2つは異なる.
$$\begin{align*} & \dfrac{\partial f^{*}}{\partial x} = 2x + 8xy^2 \\ & \left( \dfrac{\partial f}{\partial x} \right)^{*} = 2x \end{align*}$$
前者は代入してから(引き戻してから)微分しているのに対して,後者は**微分してから代入して(引き戻して)**いる.
ラウシアン
いまラグラジアンに $q^n$ が含まれておらず,しかも $\dot{q}^n$ が
$$ \psi(q^1, \cdots, q^{n-1}, \dot{q}^1, \cdots \dot{q}^{n-1}, \alpha_n) $$
という $2n-2$ 変数で表されている.よってラグランジアンの $\dot{q}^{n}$ にこれを代入すれば,ラグランジアンから $q^n, \dot{q}^n$ が両方消去される:
$$ \psi^{*}L(q^1, \cdots, q^{n-1}, \dot{q}^1, \cdots \dot{q}^{n-1}) = L(q^1, \cdots, q^{n-1}, \dot{q}^1, \cdots \dot{q}^{n} = \psi). $$
ここで写像 $\psi$ を通して $\psi^{*}L$ と $L$ は同じ値の関数であり,これは引き戻しである.以降,$\psi$ を $L$ に代入して変数を減らすことを $\psi^{*}$ と表す.
ラウシアンの導出
表記を簡便にするため $\psi^{*}L$ を $L^{*}$ と書く.すると $L^{*}$ に関するオイラーラグランジュ方程式は以下のようになる.
$$\begin{align*} \mathcal{E}_i [L^{*}] &= \dfrac{d}{dt} \dfrac{\partial L^{*}}{\partial \dot{q}^i} + \dfrac{\partial L^{*}}{\partial q^i} \\ &= \left[\dfrac{d}{dt} \dfrac{\partial L}{\partial \dot{q}^i} \right]^{*} + \dfrac{d}{dt}\left( \left[ \dfrac{\partial L}{\partial \dot{q}^n}\right]^{*} \dfrac{\partial \psi}{\partial \dot{q}^n} \right) + \left[\dfrac{\partial L}{\partial q^i} \right]^{*} + \left[\dfrac{\partial L}{\partial \dot{q}^n} \right]^{*} \dfrac{\partial \psi^n}{\partial \dot{q}^i} \\ &= [ \mathcal{E}_i [L]]^{*} + \alpha_n \mathcal{E}_i [\psi] \end{align*}$$
従って
$$ \mathcal{E}_i [L^{*} - \alpha_n \psi] = [ \mathcal{E}_i [L]]^{*} $$
が得られる.この左辺の関数をラウシアンと呼ぶ.
$$ R = L - \alpha_n \psi $$
このラウシアンは $i = 1, \cdots, (n-1)$ に対して同様にオイラーラグランジュ方程式を満たす:
$$ \mathcal{E}_i [L] = 0 \Longrightarrow \mathcal{E}_i [R] = 0. $$
そして変数が2個減っているので,解くべき方程式を1本減らすことができる.別の循環座標と保存量が見つかるたびにこれを繰り返していけば,ラグランジアンの変数を次々に減らすことができる.